ダウン症でありながら、

書家の金澤翔子(かなざわ しょうこ)さん

【金スマ】に出演されます。

金澤翔子さんの創作する

「書」は多くの人に感動を与え、

見る人を感動し、

涙させる程迫力のある作品です。

 

私も初めて、金澤翔子さんの作品を見た時は

その迫力に思わず鳥肌が立ちましたね。

それだけ、

何か心の訴えかけるものがあります。

天才書家として、

活躍している金澤翔子さんですが、

そんなスゴイ書家に育てた父親、

母親はどんな人なの?

年齢はいくつ?結婚はしてるの?

美術館があるっていうけど、場所や評判は?

皆さんの噂が気になって調べてみました^^

今回も私と一緒に一瞬で納得しましょう!

スポンサードリンク

金澤翔子さんのwiki風プロフィール

プロフィール

出典元:http://www.k-shoko.org/story/poster/

  • 金澤翔子(かなざわ しょうこ)
    号は小蘭
  • 生年月日:1985年6月12日
  • 年齢:30歳
  • 出身地:東京都
  • 職業:書家
  • 趣味:カラオケ、プール
  • 好きな文字:夢

金澤翔子さん、ダウン症としてこの世に生を受ける

金澤翔子さんの、

母親の泰子(やすこ)さんは

能を通じて知り合った、

父親裕さんと34歳の時に結婚しました。

子供が欲しいが、

中々子宝に恵まれず何度かの流産を繰り返して

不妊治療の末に42歳で、

金澤翔子さんを出産しました。

 

ただし、何の問題も無く

無事に生まれた訳では無く、

重い敗血症にかかり、

生命が危ぶまれる状態でした。

その時の担当医からは、

「ダウン症で、敗血症だから

交換輸血をしなければ助かりません。

なにもしなければ命の灯は消えてしまいますが、

どうしますか?」

引用元:http://www.kshouko.com/jishin.htm

と父親の裕さんに言われたそうです。

裕さんは迷う事なく、

金澤翔子さんに

輸血をして無事命を救いました。

それからの、金澤翔子さんと

泰子さんの歩かれた人生は

とても私が簡単に言えるものではなく、

例えば泰子さんは、

毎日の様に金澤翔子さんの行く末を考えて

本来なら、絶対にやってはならない

事ばかり考えていたと。

「毎日が地獄めぐりの日々」

そう、表現されています。

泰子さんが、金澤翔子さんと

共にメディアに出る様になって

ある意味、発言内容が過激な

表現になる事に批判がある様ですが、

障害児を持った親で一瞬たりとも

その事を考えなかった人

なんていないのかもしれませんし、

当事者でない人がとやかく

言う問題ではないと思います。

父親、裕さんの感動的なエピソード

翔子さん誕生時は、泰子さんは麻酔で眠っていて医師から命の選択を迫られた
裕さんは、クリスチャンでしたから「絶対に助けたい」以外に選択は無かったと。

そして、病室の窓辺に行って空を見上げて、

「主よ、私はあなたの挑戦を受け入れましょう」

と言われたそうです。

ものすごく深い言葉ですよね。私はジーンと来て、涙が出てきました。
生きてきたからには、必ずその人にしか出来ない事があり
全てに意味があると誰かが言っていましたが、
改めて、深い言葉を貰ってしみじみ感じ入りましたね^^

スポンサードリンク

金澤翔子さん、天才書家に目覚める!

金澤翔子さんは、

やはりダウン症というハンデがある分

どうしても、

普通の子が出来る事が普通には出来ないので

小学校も高学年になると、

授業についていけずにだんだんと

クラスの中でも孤立していきました。

 

学校側からも、

養護学校へ転校してはどうか、

という提案というか

お願いのようなものが出されたとの事。

母親の泰子さんはその時、

もちろん勉強が他の子供たちと

同じようにはできないけれど、

翔子さんにしか出来ないこと

身につけさせようと、

5歳の時から始めていた書道を本格的に

教えることにしました。

 

翔子さんは、

並大抵な努力ではなかったと思いますが、

やはり天賦の才があった事から、

彼女はメキメキと上達していき、

中学生の時には全学生の書道コンクールで銀賞

翌年には金賞を受賞しました。

スゴイとしか言葉でてきませんね・・^^;

金澤翔子さんのスゴイ所は次のページにも続きます!

金澤翔子さんの結婚や作品、美術館の場所や評判は次のページへ