「メイドインジャパン」
過去記事で日本のアパレル業界に一石を投じた
若きイケメン実業家ファクトリエ社長の山田敏夫さんを紹介しました。
現在のアパレル業界はファストファッションで
最新の流行を採り入れながら低価格に抑えた物が主流です。
山田敏夫さんは、世界に誇る日本の裁縫技術を最大限に活かして
日本製の品質で勝負する方法でビジネスを展開しています。
今回紹介するのでは、やはりファストファッションとは無関係に
独自のスタイルを貫く世界的有名はファッションデザイナーの
皆川明(みながわ あきら)さんです。
10/17放送のプロフェッショナル仕事の流儀でその
生き様や極め人な仕事ぶりを披露するみたいですね^^
一体どんな方なんでしょうか?
では、最後まで一緒にお付き合いください^^
皆川明さんの気になる4つの事
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皆川明さんのwiki風プロフィール
- 名前:皆川明(みながわ あきら)
- 生年月日:1967年
- 年齢:48歳or49歳
- 出身地:東京都
- 最終学歴:文化服装学院服飾専門課程II部服装科(夜間)卒業
- 職業:ファッションデザイナー
皆川明さんは高校時代は陸上の長距離ランナーで
体育大学に進学する予定でしたが、
トレーニング中のケガにより選手になる事を断念。
高校卒業後、進路をどうするか決め兼ねていたので
ヨーロッパに数か月間、旅に行くことになります。
理由は、皆川明さんの祖父母が輸入家具を扱っていたため、
フィンランドなどの北欧のデザインに昔から関心があったからです。
その旅の途中、パリコレクションにてお直しのバイト中に
洋服の世界に出会います。
第一印象は別に好きでも無かったそうですが、
それなら長く続けられるかもと思い、飛び込みます。
ここが好きで無ければやろうとも思わない、思えない
私たちの感覚と違う所ですね~
帰国後は、洋服の勉強を始める為に専門学校に入学します。
皆川明さんのここがハンパない!
皆川明さんは思い切って洋服の世界に入りましたが、
最初の頃はセンスの無さを痛感したそう。
- 専門学校は昼の部に落ちた為やむを得ず夜間部に入学
- 手が不器用で学校の課題ができず留年
- 卒業までに自分で作った服は一着のみ
など、普通なら自分には向いていないかもと
あきらめますが、続けたのはこの時から天才の片鱗が
あったからかもしれません。
そのエピソードとしては、
しかしできなかったのには理由がありました。製図をひいて先生に赤線をいれられる。その理由がわからなかったのだそう。お客さんは誰一人同じ身体の人はいません。それを昼間の仮縫いの仕事に感じていた皆川さんは、先生の言葉が本当に正しいのかに疑問を感じていました。
もうこの頃からミナペルホネンの原型が自分の中に出来つつあった訳ですね!
そして、紆余曲折をしながら2003年に独自ブランドの
「minä perhonen」(ミナペルホネン)を設立。
聞きなれない事言葉ですが、フィンランド語で
- mina:自分
⇒ロゴの上の点々は「自分の中にあるたくさんの個性」 - perhonen:蝶々
⇒蝶々の羽の多さから、たくさんの種類がある意味を込めて
「蝶々の羽のようにたくさん製品を作る」
皆川明さんのものづくりのこだわりとしてすごいと思うのは
テキスタイルデザインと云って
洋服の布からデザインする為に、原産地に赴いているそうですから
手間暇の掛け方が普通じゃない所ですね。
皆川明さんは、自身のスタンスとしてこうコメントしています
「服を創る上でフォルムをデザインするだけではもの足りない
人生を掛けてやる仕事としてはもったいない」
ファストファッションに関する考えは、
「1回で作るのは作るのは少量でも、何十年も継続すれば
結果的に大量生産になる」
こんな服は見たことがないですね・・
値段もファストファッション品の軽く4~5倍はすると
思いますが、大事に着れば一生ものですからね。
2011年発表の東京スカイツリーのユニフォームですね。
斬新な中にもどこか昭和のレトロさが残ってる様な
デザインですね^^
皆川明さんの妻や年収については次のページへ